葦は見ていた
あしはみていた
初出:「週刊朝日」1947(昭和22)年6月22日号分量:約47分
書き出し:一五月はじめの朝四時ごろ、——熊井川は濃い霧に掩《おお》われていた。まだあたりは薄暗く、どちらを見ても殆んどみとおしはきかない。川岸には葦《あし》が茂っていた、葦は岸から川の中まで、川の中の七八間さきまでも生え、それが川上にも川下にも続いている。岸は狭く、すぐ堤に接し、その堤は十尺余りの高さであるが、土質が脆《もろ》いので、絶えずぱらぱらと土が崩れていた。特にひとところ、その崩れのひどい処《ところ...