失蝶記
しっちょうき
初出:「別冊文藝春秋」文藝春秋新社、1959(昭和34)年10月分量:約57分
書き出し:一紺野かず子さま。この手記はあなたに読んでもらうために書きます。こういう騒がしい時勢であり、私は追われる身の一所不住というありさまですから、あるいはお手に届かないかもしれません。また、終りまで書くことができるかどうかもわかりませんが、もしお手許《てもと》に届いたばあいには、どうか平静な気持で読んで下さるよう、はじめにお願いしておきます。いま私のいるところは、城下町から一里ほどはなれた山の中で、かな...