城中の霜
じょうちゅうのしも
初出:「現代」1940(昭和15)年4月号分量:約34分
書き出し:一安政六年十月七日の朝、掃部頭《かもんのかみ》井伊|直弼《なおすけ》は例になく早く登城をして、八時には既に御用部屋へ出ていた。今年になって初めての寒い朝であった。大老の席は老中部屋の上座にあり太鼓張りの障子で囲ってあるし、御間|焙《あぶ》りという大きな火鉢のほかに、側近く火桶《ひおけ》を引寄せてあるが、冴《さ》えかえった朝の寒気は部屋全体にしみ徹って、手指、足の爪先など痛いように凍えを感じた。然し...