初夜
しょや
初出:「週刊朝日春季増刊号」朝日新聞社、1954(昭和29)年3月分量:約45分
書き出し:一明和《めいわ》九年(十一月改元「安永」となる)二月中旬の或る日、——殿町にある脇屋《わきや》代二郎の屋敷へ、除村久良馬《よけむらくらま》が訪ねて来た。脇屋の家は七百石の老臣格で、代二郎は寄合肝煎《よりあいきもいり》を勤めている。除村は上士《じょうし》の下の番頭《ばんがしら》で、久良馬は「練志館」の師範を兼ねていた。彼は代二郎より三歳年長の二十九歳、筋肉質の緊《しま》った躯《からだ》で、色が黒く、...