竹柏記
ちくはくき
初出:「労働文化」労働文化社、1951(昭和26)年10月~1952(昭和27)年3月分量:約118分
書き出し:一の一城からさがった孝之助が、父の病間へ挨拶にいって、着替えをしに居間へはいると、家扶《かふ》の伊部文吾が来て、北畠から使いがあったと低い声で云った。「もし御都合がよろしかったら、夜分にでもおいで下さるようにとのことでございました」訝《いぶか》しそうな眼を向けたが、孝之助は頷《うなず》いた。北畠の叔母に関する限り、できるだけ話を簡単にするのが、長いあいだの習慣であった。伊部は、きょう一日の家事につ...