月の松山
つきのまつやま
初出:「キング」大日本雄辯會講談社、1954(昭和29)年8月号分量:約53分
書き出し:一宗城孝也《むねきこうや》は足袋をはきながら、促すように医者のほうを見た。花崗道円《みかげどうえん》は浮かない顔つきで、ひどく念いりに手指を拭き、それから莨盆《たばこぼん》をひきよせて、いっぷくつけた。「やはりそうですか」と孝也が訊《き》いた。道円は聞えなかったように、じっと、煙管《きせる》からたち昇る煙を見まもっていた。唇の厚い、眉毛の太い、酒焼けで赭《あか》くなった艶《つや》のいい顔が、とつぜ...