無頼は討たず
ぶらいはうたず
初出:「キング」大日本雄弁會講談社 、1936(昭和11)年3月号分量:約30分
書き出し:一浅黄色にくっきり晴れた空だ。春の遅い甲州路も三月という日足は争われず、堤《つつみ》には虎杖《いたどり》が逞《たくま》しく芽をぬき、農家の裏畑、丘つづきには桃の朱と麦の青が眼に鮮やかだ。笹子川の白い河原を低くかすめ飛ぶ鶺鴒《せきれい》の声も長閑《のどか》である——。大月の宿《しゅく》を出た街道は半里ほどすると爪先あがりに笹子峠《ささごとうげ》へ一本道、右に清冽《せいれつ》な流れをみながら行くこと三...