日日平安
にちにちへいあん
初出:「サンデー毎日臨時増刊涼風特別号」1954(昭和29)年7月1日分量:約73分
書き出し:一井坂十郎太は怒っていた。まだ忿懣《ふんまん》のおさまらない感情を抱いて歩いていたので、その男の姿も眼にはいらなかったし、呼ぶ声もすぐには聞えなかった。三度めに呼ばれて初めて気がつき、立停って振返った。道のすぐ脇の、平らな草原の中にその男は坐っていた。松林と竹藪《たけやぶ》に挾《はさ》まれたせまい草原で、晩春の陽がいっぱいに当っている。浪人者とみえるその男は、坐って、着物の衿《えり》を大きくひろげ...