夕靄の中
ゆうもやのなか
初出:「キング」大日本雄辯會講談社、1952(昭和27)年2月分量:約25分
書き出し:一彼は立停って、跼《かが》み、草履の緒のぐあいを直す恰好で、すばやくそっちへ眼をはしらせた。——間違いはない、慥《たし》かに跟《つ》けて来る。その男はふところ手をして、左右の家並を眺めながら、悠《ゆっ》くりとこちらへ歩いて来る。古びた木綿縞の着物に半纒《はんてん》で、裾を端折り、だぶだぶの長い股引《ももひき》に、草履をはいている。仕事を休んだ紙屑《かみくず》買い、といった、ごくありふれた風態である...