ゆだん大敵
ゆだんたいてき
初出:「講談雑誌」博文館、1945(昭和20)年2月号分量:約54分
書き出し:一老田久之助が殿の御秘蔵人だということは、長岡藩で知らぬ者はなかった。本当の姓は郷田というのだが、それを老田と呼ぶところにもそのあらわれがある、つまり藩主の牧野忠辰は幼名を老之助といった、その幼名の一字を与えて、「そのほう一代に限り老田となのれ」という下命があって、それ以来そう呼ぶようになったのである。……忠辰は飛騨守《ひだのかみ》忠成の子で、七歳のとき母に亡くなられ、また間もなく父にも死別したの...