日本婦道記
にほんふどうき
藪の蔭
やぶのかげ初出:「婦人倶楽部」大日本雄辯會講談社、1943(昭和18)年7月分量:約34分
書き出し:一「きょうここを出てゆけば、おまえにはもう安倍《あべ》の家よりほかに家とよぶものはなくなるのだ、父も母もきょうだいも有ると思ってはならない」父の図書《ずしょ》にはそう云われた。母は涙ぐんだ眼でいつまでもじっとこちらの顔を見まもりながら、「よほど思案に余るようなことがあったら相談においで」とだけ、囁《ささや》くように云って呉《く》れた。そして兄の源吾《げんご》はいつものむぞうさな調子で、「今夜はとの...