日本婦道記
にほんふどうき
桃の井戸
もものいど初出:「文藝春秋」文藝春秋社、1944(昭和19)年4月分量:約33分
書き出し:ゆうべ酉《とり》の刻《こく》さがりに長橋のおばあさまが亡くなられた。長命な方で、八十七歳になっておいでだった。御臨終は満ち潮のしぜんと退《ひ》いてゆくような御平安なものだったという。私はもう二日まえにお別れのご挨拶をすませていたのだが、やっぱりその時に間にあわなかったのが残念で、お唇《くち》へお水をとってさしあげながら恥ずかしいほど泣けてしかたがなかった、どなたかそばで「お年に御不足はないのだから...