日本婦道記
にほんふどうき
おもかげ
おもかげ初出:「婦人倶楽部」大日本雄辯會講談社、1944(昭和19)年8月分量:約32分
書き出し:一二年あまり病んでいた母がついに世を去ったのは弁之助が七歳の年の夏のことであった。幼なかった彼の眼にさえ美しい凜《りん》としたひとで、はやくから自分の死期を知って泰然とそのときを待っているというところがあった。ながい病臥《びょうが》のあいだも苦痛を訴えたり思い沈んだりするようなことはなく、いつも明るい眉つきでしんとどこかを見まもっているという風だった。弁之助は学塾から帰って来ると、病間へいって素読...