泣ける話でした。産みの親より育ての親、親子の深い絆、裁ち切れない愛情に胸をつかれました。慎ましい暮らしをしていると、些細なことにも幸せを感じます。その気持ちよくわかります。身の丈の暮らしをしていると、さほど不足 を知りません。妻も子どもの頃に父親に棄てられ、風のたよりで父親が亡くなった事を知りました。会ってみたい感情はまったくわかなかったと言ってました。幼かったころの僅かな面影しか残ってないそうです。ちなみに妻は自分の境遇を一度も嘆いたことはありません。すでに半世紀以上が過ぎました。
「お前さえ素直に実家に戻ってくれれば、わしには結構なお金がもらえて楽な暮らしができたものを」 などと考えるのは令和の世を生きる心の汚れてしまった日本人。 たとえ血が通っていなくとも、江戸時代の親子の情は現代人にはよくわからないほどきれいなのだ。
ええ話やねぇ 今流行の「泣ける話」さねぇ けど、山本周五郎の言葉創りには本当に魅了される。