日本婦道記
にほんふどうき
松の花
まつのはな初出:「婦人倶楽部」大日本雄辯會講談社、1942(昭和17)年6月分量:約28分
書き出し:一北向きの小窓のしたに机をすえて「松の花」という稿本《こうほん》に朱を入れていた佐野|藤右衛門《とうえもん》は、つかれをおぼえたとみえてふと朱筆をおき、めがねをはずして、両方の指でしずかに眼をさすりながら、庭のほうを見やった。窓のそとにはたくましい孟宗竹《もうそうちく》が十四五本、二三、四五とほどよくあい離れて、こまかな葉のみっしりとかさなった枝を、澄んだ朝の空気のなかにおもたげに垂れている。藤右...