民族的記憶の名残
みんぞくてききおくのなごり
初出:「文藝春秋 第十七巻第十九号」1939(昭和14)年10月1日分量:約11分
書き出し:もう四年前のことになるが、考えて見れば、寺田先生の亡くなられた年の夏のことである。先生の最後の随筆集『蛍光板』を貰って、ひとわたりずっと読んで行ったところが、「冬夜の田園詩」という短い文章のところで、私は妙に底知れぬしみじみとした感じにうたれたことがあった。それは三頁にも足らぬ短いものではあったが、その中に先生の幼かった頃の土佐の民族詩的情景が、いかにもありありと描き出されていた。冬の夜長に孫たち...