産院で出産したが、妻の死で子供をどうしても育てられず、致し方なく養子に出さなければならなくなった男と、その一方で、そういう赤ちゃんを貰い受けて養親になりたいと切望する孤独な女。 この小説は、共通する利害と、相反する事情を抱えた男と女が、ひとりの赤ちゃんを介して出逢い、お互いの傷口を抉るように痛みつけ合う壮絶な物語だ。 しかし、これが、生涯、独身で通した林芙美子が書いた小説だとなると、事情は一変する。 肉親の情が薄く、貧しさのために家族離散のなかでひとり上京し、過酷な生活苦と格闘しながら小説を書き続け、作家としてようやく成功し収入も安定すると、林芙美子は、散り散りになっていた家族を呼び寄せ、家を構えて一緒に住む。 それはまるで、失った「家族の団欒」を性急に取り戻すために集められた疑似家族のような急ごしらえの空々しさで、だだっ広い家のなかには空虚な風が吹き抜けた。 実生活で養子をもらった林芙美子は、それでも心を満たすことができなかった。 彼女は、ひたすら、こっそりと、架空の「我が子」のために、小さなセーターを、まるで自分に課する残酷な罰のように編み続けるが、そんなことくらいでは、愛されたことのない深い孤独と、愛したことのない空虚な喪失感を癒し埋めることなどできはしない。 そうした彼女の置かれた背景を意識してこの小説を読むと、林芙美子が、なぜ、このような自らを八つ裂きにするがごとき小説を書くことにこだわったのか、なんだか分かるような気がしてくる。 この小説は、持つことのできなかった「我が子」への贖罪なのだ。 そんな気がした。 長い間、父親と二人暮らしだった早苗は、父の死後、自分がいかに孤独か、身に染みて意識するようになり、養子をもらうことを思い立つ。 世の中とは、本当によくしたものだ、産んだはいいが育てられない人間もいれば、自分のように子供がなくて欲しがっている人間もいる。 産院からの連絡で、新生児を見に行く場面からこの小説は始まるのだが、林芙美子の赤ちゃんの愛らしい仕草を追う視点が、いちいち新鮮な驚きで反応していることに、生涯母親になれなかった女の寂しい好奇心を、この部分の描写から読み取ってしまったとしたも、過剰な「読み込みすぎ」とはいえまい。 早苗は、産院の女主人との面接の際に、自分は最近、夫を失った寡婦だが、経済的にも子供を育てるに十分な資力があると伝えた。 やがて、産院の女主人と先方の男親との面談も済み、いよいよ赤ちゃんの引き渡しだと待っているが、あれ以来、一向に連絡がない。 どうしたのだろう、不審に思った早苗は、男親に連絡してみると意外にも落ち着いた声で「夜分にでもこちらに来てください」ということだ。 その夜、男は彼女のために紅茶を入れながら、不意に言う。 「あなたはまだ結婚なすったことはないそうじゃありませんか。どうして未亡人だなんて嘘をおっしゃったんですか?」 図星をさされた衝撃で、早苗は咄嗟に返す言葉がみつからず、戸惑い下を向いてしまう。 産院が早苗の身元を調べ、それを聞いた男が、早苗の依頼は断ってくれと産院に申し入れたことを話す。 男は、改めて早苗に言う。 「産院の報告によると、あなたはまだ一度も結婚をされたことのない、素晴らしく意志の固いお嬢さんだということを伺って、僕はやっぱり、あの子はご縁がないと考えて断ってもらったのだ」と。 その言葉を聞いて早苗は思わずいきり立つ、自分のこれまでの生き方を全否定されたのと同じではないか。 たかが結婚してないということが、それほど重大なことなのか、現在の自分ひとりのこの穏やかな生活に、いまさら面倒臭い他人に割り込まれて、掻き回されることなど、想像もできないし、容認するつもりもない、と早苗は弁解するが、口調は抗議だ。 しかし、男は言う、自分は、まさにあなたのそういうところを危ぶんでいるのだと。 あなたには、男と女が愛し合うという根本のところが分かってないし、許そうとも考えてない、あの子をあなたに託して果たして大丈夫なのか、自分が最も危惧しているのはそこなのだ、と男は言う。 あの子が成長し思春期になって誰かを愛したとき、あなたは、その愛を許して背中を押してあげることができるのか、いや、できまい、いま、あなたが言ったことはそういうことだったのですよ、私の子供をあなたの生活の「道具」にされては困る。 男のこの痛烈な言葉に打ちのめされて早苗は泣き崩れる。 早苗は、自分が子供を得た後に想像していた生活は、子供と二人だけの幸福に満ちた日々を思い描いていただけで、その先の子供の将来のことなど、考えたこともなかったことを思いしらされたのだ。 人間は、人形なんかじゃないんだと。 わが身を犠牲にして、相手を思いやる愛することの意味を解する能力さえ自分には欠落していることを、男の一言で思い知らされる。 そしてこれは、林芙美子自身のことでもあったはずだ。 林芙美子は、いかに自分が愛情というものに不能で無縁な人間であるのか、自分を責めさいなむ言葉を、まるでみずからを罰するように、一字一字原稿用紙に刻み付けていったのであろうか。