塑像するのには、着衣だと描写が困難煩雑だから、初心者の練習台は、もっぱら裸体に限られている、その結果、展覧会の出品作品といえば裸体像ばかりの林立と相成る次第、という芸術論。そういう安直な事情を知ってしまうと、芸術家志望者ばかりとはいえ、また、些かの賃金をもらったからとはいって、見ず知らずの他人の前で裸になる娘さんたちの気持ちや如何にという感慨というか、むしろ危惧を禁じ得ない。なにしろ連中は、その裸体をなめ回すように、じろじろと無遠慮に観察しながら、あの貧弱さならまだ処女だなとか、あの垂れ下がり具合からすると男たちからもう相手にされてないのだろうとか、あっ、あの体からすると昨晩やってきたばかりだとか、まあそういうふうに好奇好色な目でモデルさんは見られてますよ、という芸術論。あぶない、あぶない。
彫刻で服を造るのは難しいだろう。布の質感や動きに応じて出来る皺…というか着ている服って、そのモデルのセンスを表す物だから、作者にとって「自分の表現をしたいのに邪魔」となる。とはいえせっかく展覧会に出した自分の作が、他の作品と変わらないとなると、これは考えなきゃならないだろうな。この文は変わった物を造れとは決して言ってないし。
どのように実験したのか気になります。