最初、この話を読んだとき、不思議な話だなと思った。 もうひとつ、理解できた気がどうしてもしないのだ。 話の途中のどこかで、異質なものへと「急転回」してしまった不可解なちぐはぐ感があって、それが理解を拒んでいるのだなと感じ始めた。 早速もう一度、最初から読み返した時、その理由がようやく分かった。 ある朝、亭主は、妻から数年前に亡くなった舅の夢を見たと聞かされる。 それによると、明日、舅は危険な目にあうから助けてくれという、そういう夢だ。 その日、狩りをしていた侍たちに追われて家に雉子が逃げ込んできた。 これは昨夜見た夢の通りだなと女房は直感し、その雉子は舅の生まれ変わりかもしれないと思い、米びつの中に隠した。 亭主が帰って来たので妻は昼間の出来事を話し、米びつの中の雉子を見せると、しげしげと眺めていた亭主はこう言った。 確かにこの雉子は、亡くなった父親かもしれない、父親もこの雉子のように、ほら、同じ方の片目を失明していたじゃないかと。 そして、こうも言う。 「ちょうど、いつもの父のような嫌な目付きで、この鳥がおれを見ている。······父は自分で『おれはいま鳥だが、猟師に殺されるくらいなら、いっそ、おれの体は子供に喰われる方がましだ』と考えたに相違ない。······これで、お前の昨夜の夢のわけも分かった」と気味の悪い薄笑いを浮かべて妻の方に向かってこう言い足しながら、雉子の首を捻って殺した。 そして、ストーリーはこう続く。 ❮この野蛮な行いを見て、妻は泣き声を上げて叫ぶ。「まあ、この極悪非道の鬼。鬼のような心の人間でなければ、こんなことのできる筈はない。······こんな男の妻になっているより死んだ方が増しだ」と❯ 目の前の雉子が父親の生まれ変わりかもしれない、その証拠もあるとわざわざ確認したうえで無惨に殺しているのだから、女房が嘆き逆上するのも無理はない、かなり悪質な確信犯だ。 しかも、鳥の首を絞める直前に「父親のような嫌な目付きでおれのことを見てやがる」そして、むざむざ猟師に殺されるくらいなら子供に喰われたがっているに違いないなどと自分に都合のいいことばかり言い立て「気味の悪い薄笑いを浮かべて」雉子の首を捻り殺したのだから、状況証拠としてはお誂え向きに、もちろん男に不利な方にだが、揃いすぎていて、そのうえサイコパスっぽい感じさえする。 泣きながら女房は領主のもとに訴え出て、この亭主の悪辣非道な行いの一切を余すところなく告発した。 この告発を聞いた領主も大いに怒り、このような親不孝者は、わが領地に住まわせて置くわけにはいかぬわ、所払いじゃによって、とっとと失せさらせ、いっぺんだけ言うとくがよ、再び領内に入ったときにゃあ殺すきにな、よう覚えとけよと恫喝され、国外追放の身となった。 ❮解析法廷ミステリー·バージョン❯ 分量:約13分 裁判長「さて、これをもって、一切の審理は終了しました。検察官、最後に述べたいことがあれば、どうぞ」 検察官「しかるべく」 裁判長「では、弁護人、最後の弁論があれば、どうぞ」 弁護人「裁判長閣下並びに陪審員の皆さん。 私が最後に陪審員の皆さんに述べたいことは、真実はただひとつということであります。 では、真実とは、一体何でありましょうか。 たかが一羽の鳥、雉子を殺めたことが所払いの重罪に問われねばならない程のことなのか、もしそうなら、そこらにいる猟師たちは、うかうか猟もできないではありませんか。 つまりそこをよく御熟考いただきたいのであります。 いまこの被告席にいる青年が問われている罪は、鳥殺しではなく、まさに親不孝の罪並びに親殺しの罪にすり替えられて裁かれようとしているのでありまするが、しかし、ただ今も申し上げました通り、この事件におきましては「親殺し」なるものなど、どこにも存在していないのであります。 あるのは、ただの「鳥殺し」です。 では、なぜ、単なる「鳥殺し」が、いつの間にか「親殺し」へとイメージ操作されてしまったのでありましょう。 これが、まさにこの事件の核心というべき点であります。 当職が被告人に質したところによりますると、供述書に書かれている文言のうち、取調官の主観によって作文された「嫌な目付き」とか「気味の悪い薄笑い」などの形容を差し引いても、さらなる捏造は縷々あるのでありますが、甚だしいものが、この被告人が発したと記録されている架空の証言「これで、昨夜のお前の夢のわけも分かった」という文言であります。 ならば、なにゆえに妻は在りもしない、かくなる虚言を吐かねばならなかったか、それは、なによりも彼女が在りもしない「夢」なるものに真実味を持たせたかったからであります。 それは彼女の夢こそが、被告人を有罪にすることのできる唯一の論拠だったからです。」 検察官「異議あり! 弁護人は······」 傍聴席「ザワ、ザワ、ザワ」 裁判長「静粛に!」 トン、トン、トン「異議は却下します。弁護人、続けてください」 弁護人「ただの雉子を舅と思い込ませる詐術は、彼女の夢を仲介せずには、この青年の罪が決してあり得なかった点にあるのであります。 つまり、そのような夢は、彼女は最初から見なかったということなのであります。 親不孝な息子が、親殺しに手をそめる罪を成り立たせるために親の出てくる「夢」がどうしても必要だった、青年を罪に陥れるための虚言だったのであります。 その青年は、いまこうして獄につながれ法廷の裁きによって今まさに刑を受けなんとしておるところでありまするが、翻って妻はどうして居るかというと、領主から手厚い保護を受け、広大な土地と莫大な財産を手に入れて裕福安穏に過ごしていることは陪審員の皆様のよく御承知のところと存じますが、ただひとつ皆様の御承知のない事実を当職は申し上げねばなりません。 それは、この妻が夜な夜な領主と密通しているという事実であります。」 傍聴席「わあーわあー」 裁判長「静粛に! 静粛に! これ以上本官の指示に従わない者は退廷を命じますぞ。さあ、弁護人、続けて」 弁護人「妻の元に夜な夜な領主が通っている姿を見かけた村人は多数おり、その証言も既に得ております。 妻は領主と謀って邪魔な亭主を罪に陥れたのでありますが、ただ本件共謀の罪はそれだけに留まらず、それ以前に陰惨な殺人事件の上に積み重ねられたものであることをご報告せねばなりません。 あの家の床下には、殺された舅の死体が埋められているのであります!」 傍聴席「わあーわあー」 検察官「わあーわあー」 裁判長「わあーわあー」