酒・杯・徳利
さけさかずきとっくり
初出:「ぬかご」ぬかご社、1934(昭和9)年3月号分量:約11分
書き出し:荒廃した田舎家の中だ。半漁半農の村だから、数年前までは恐らく一番貧しい漁夫の棲家だったに相違ない。藁葺屋根はなかば腐れ、荒木田の壁は崩れ、天井板も柱も黒く煤け、二段になっている造り付けの戸納《とだな》の戸は欠け、畳はみるかげもなく脆《くだ》けて、歩くたびに床板の軋む音がする。部屋はひと間きりない、土間が広くとってあるのは、以前そこに竈を据えたり、漁具を置いたり、雨降りのとき子供の遊び場にしたりした...