「或夜」の感想
或夜
あるよる
初出:「勲章」扶桑書房、1947(昭和22)年5月10日

永井荷風

分量:約16
書き出し:季子《すえこ》は省線市川駅の待合所に入って腰掛に腰をかけた。しかし東京へも、どこへも、行こうという訳《わけ》ではない。公園のベンチや路傍の石にでも腰をかけるのと同じように、ただぼんやりと、しばらくの間腰をかけていようというのである。改札口の高い壁の上に装置してある時計には故障と書いた貼紙がしてあるので、時間はわからないが、出入の人の混雑も日の暮ほど烈しくはないので、夜もかれこれ八時前後にはなったで...
更新日: 2022/03/17
3afe7923d6ecさんの感想

確か、太宰治の小説にも、若い女性が駅の待合室に座って「なにか」を待っている、という作品があったはずだと思いながら、この小説を読んだ。 妙齢の女性(実にいい言葉だが、昨今では性差別につながるとかで糾弾されるおそれがある、善人ヅラした平等狂信論者が言葉狩りに狂奔する、まるで中世の暗黒時代に戻ってしまったかのような物凄い世の中だ)が、若さの不安と肉体のうずきを持てあまして、ふらふらと街にさまよい出て、いつの間にか駅の待合室にたどり着いた。 何かを期待しているのか、もしそうなら、それがなんなのかは、自分にも分からない。 しかもそれは、期待でもあり、恐怖でもある。 夜毎、この身体を男から滅茶苦茶にされる性的妄想にさいなまれていて、それ自体は恐怖だが、彼女のやみがたい期待でもあり、当然の欲求であるかもしれないことを、女の生理から彼女自身なんとなく理解している。 そのとき、不意に若い男から声を掛けられて驚く、 虚ろな内省の世界から突然、現実に強引に引き戻されたのだ。 それは単に、道を尋ねられただけなのだが、女は思いもかけないこの出来事に動揺する。 自分だけの妄想の世界に、突然リアルな男が、生々しくずかずかと踏み込んできたのだから。 彼女はその場を適当に取り繕って、逃げるように待合室を飛び出すが、男が自分のことを追って来はしないかと、気になって立ちすくむ。 気持ちは逃げても、意に反して、身体が待ってしまっていることに、彼女自身も薄々感づいている。 やがて、あとから、ゆっくり歩いてきた男に追いつかれ、さりげなくお汁粉を誘われた彼女は、自分が男を待っていたような中途半端な体勢だったので、断りきれずに付き合う。 食べ終わり、ふたりは自然に駅の方へと歩き始める。 あたりは、人通りの途絶えた暗く寂しい林道だ。 彼女は、男と肩を並べて歩きながら、この男は自分になにか下心でもあって付きまとっているに違いないという強迫観念を、どうしても払拭できないでいる。 動悸が激しくなり、身体が熱く火照って、腰と足とが気だるさに覆われて、もうこれ以上、一歩も歩くことができないと、上気した女は、ついに、その場にうずくまってしまう。 もう駄目だ、と思う、この暗闇の中で、いまにも男は強引に私の身体をまさぐり、押し倒し、思うままに弄び、凌辱し、淫らな欲情を満たすに違いない、と女は両手で顔を覆い、身を固くして身構えている。 しかし、男の手は、伸びてこない。 そして、男はこう言う。 「田舎道はいいですね。僕も失礼」 男は、傍らの草むらに入って放尿を始めたのだ。 女が突然その場にうずくまった挙動を、男は、彼女がいまにも放尿するのだと誤解したのだと知った女は、そそくさとその場から逃げ去っていった。 その理由は、単に、恥ずかしさからだろうが、たぶん、それだけではない。 なるほど、ここでも、芥川龍之介の「或恋愛小説」のテーマが繰り返されているのだなと思う。 「恋愛」と「そうではないもの」だ。 彼女がその場から慌てて逃げ去ったのは、自分がとった動作が、放尿の姿勢ととられたことが恥ずかしかったからには違いないが、彼女のとった無意識ではあるが愛欲の姿態(男を誘う媚び)が相手に通じなかったこと、さらにいえば、淫らな妄想に心を砕いていたのが自分だけであったことが、明らかになってしまったことへの意識過剰の羞恥というべきもの、つまり、自分の本質的な淫らさを白日の下に晒してしまった「羞恥」だ。 これは、そういう小説なのだなと考えたとき、ひとつのアイデアが思い浮かんだ。こういう小説こそ、情緒教材として教科書に載せるべきなのではないか。 志賀直哉の「小僧の神様」よりよほど平明で、これから大人になる子供たちにとって学ぶべきものが、より多く含まれていると思う。 思い返せば、実際の話、「小僧の神様」を正しく理解した者など、自分の周囲には誰一人いなかったのが現実。残念だけど教師を含めてね。

更新日: 2022/01/20
ae13c144046cさんの感想

かわいい〜

更新日: 2022/01/17
decc031a3fabさんの感想

色々な生活の不満から、私を変えてくれる何かがやってくるに違いない…という妄想が、うまく行かず冷めてしまったという話。男性女性や年代関わらず、こんな想いが頭の中に潜んでいるのだろうな。

更新日: 2022/01/17
阿波のケンさん36さんの感想

若い女性は男性に対してこういうことを考えているですか?分かりにくいですね優しい