「買出し」の感想
買出し
かいだし
初出:「中央公論 第六十五年第一号」中央公論社、1950(昭和25)年1月1日

永井荷風

分量:約14
書き出し:船橋と野田との間を往復している総武鉄道の支線電車は、米や薩摩芋の買出をする人より外にはあまり乗るものがないので、誰言うとなく買出電車と呼ばれている。車は大抵二、三輛つながれているが、窓には一枚の硝子《ガラス》もなく出入口の戸には古板が打付けてあるばかりなので、朽廃した貨車のようにも見られる。板張の腰掛もあたり前の身なりをしていては腰のかけようもないほど壊《こわ》れたり汚《よご》れたりしている。一日...
更新日: 2022/03/04
cdd6f53e9284さんの感想

終戦直後の食糧難に、ほとんどの庶民は、食うや食わずの状態だった、 この小説は、そうした生活の逼迫していたなかで、追い立てられるように買出しに出た人々が遭遇した、オリジナリティを感じさせる、いわばシチュエーション·ドラマである。 近郊、とはいっても、文面からすると、船橋から野田にかけての何処やらだろう、女は、買出しに出て、たまたま親しくなった老婆がにわかに急死し戸惑うが、老婆が高価な米を持っていることに気がつき、とっさの判断で自分の芋とすり替える、 そして、そこにたまたま通り掛かった行きずりの男にその米を売り付けて、思わぬ金を手にするという中年女の話。 生きるためには食わねばならず、食うための食糧を確保しければならない、 他人を押し退けたり騙したり、多少は自分の手を汚さなければならなかった時代に、果たして、この女を責めることができるだろうか、もし責め得るならば、如何ほどの理由があるといえようか、 荷風は、戦後日本の人心ともに荒廃した社会を、異邦人の視点をもつて眺めている。 荒廃を生きる者たちから一定の距離を保つことによって、冷徹に、世相を捉えようとしているかのようにも見えるが、それによって、荷風のなげやりとも映る虚無を一層浮き立たせ得たのではないか、と思う。 珠玉の名編であり、かつまた荷風文学の不朽の名作にして、金字塔たらしめるに恥じない逸品といえようか。 いやいや、感服つかまつった。

更新日: 2022/03/04
19双之川喜41さんの感想

 死人の ものを 掠め盗るので わりと 知られた話しは 芥川龍之介の 羅生門かもしれない。困窮度は どちらが上か 俄に 解るものでも なかろう。当時の 都市近郊農家の 横暴ぶりは 邦人とは とても 思えない やりたい放題で 小学生連れには 売ってもらえることがあると まことしやかな 噂が流れると しばらくは 真に受ける 御仁が 出たりした。水呑み百姓の しっぺ返し だったかも知れない。荷風は 小鳥の 囀り 虫の鳴き声 終章とするけど 龍之介は 冒頭で 蟋蟀を あしらった。共に 詩味溢れると 感じた。

更新日: 2022/01/29
阿波のケンさん36さんの感想

作中のおかみさんの死んだ婆さんの米と自分の芋とを勝手に交換する行為は勿論良くはないが戦後すぐの当時としてはやむを得ないのかな。戦争とはそういうもだろうね。