菊池寛は、相当、金に細かい男なのかと思うのは、ちと気の毒。 誰だって大切な財布を掏られしまえば、このくらいは、うろたえてしまうのは、当たり前だのクラッカー。 最近、流行らないし、覚えている人間も、おそらくは、いなかろう、あるいは、死に絶えたか。 当たり前だのクラッカーか、やれやれ、往事茫々ってことだわな。 とにかく、この随筆は、菊池寛が、芝居見物に行った際、入場料をケチって四等の廉価席に座ったところ、財布を掏られてしまい、動揺して無関係の人をスリ呼ばわりして、逆に、そのことでも散々にとっちめられて、意気消沈して帰宅すると、懸賞小説に採用された通知が届いていて、賞金の10円を手にすることができて、大喜びしたという随筆。 しかし、このスリ先生、知ったかぶりの菊池寛をうまく乗せて、気持ちよく喋らせているうちに、財布を失敬するあたりの手際は、実に見事で、痛快なプロフェッショナルを感じさせ、実に爽快なのだが、やはり、仕方がないとはいえ、随所に具体的な「金額」が出てくる度にどうも気になる。 いやいや、菊池寛の金に対する執着とかではなくて、これだけ具体的に額が表示されていると、例えば、芝居の木戸銭四等15銭が、生活費全体の比率からすると、どの程度にあたるのかとか、1ヶ月の食費6円は高いのか安いのかとか、そういう生活全般に対する金銭バランスの認識への欲求だ。 なので、少し調べてみた、暇だし。 例えば、米価、小売平均値(1石、東京)26円~29円、1石は100升ということらしいのだが、ますますわからない 帝劇の入場料、特等3円、1等2円50銭、2等1円80銭、3等60銭、4等25銭、 この随筆にでていた入場料が、15銭とあったから、劇場の格を考えると、かなりリアルな数字かもしれない。 帝大生の学費、授業料、下宿代、被服費、学用品など、しめて、最多額、年額452円80銭、最少額、年額205円80銭だそうだ。この差は、当然だが、下宿代の差で、最多は19円70銭、最少は9円60銭だそうだ。 なるほど、なるほど。 なんとなく、感覚的に分かったような······
眼鏡と口髭の写真でおなじみの菊池寛にも学生時代があったんだなぁとしみじみした。とても残念なエピソードではあるが、人生良いこともあれば悪いこともある。