ペンクラブと芸術院
ぺんくらぶとげいじゅついん
初出:「新潮 第五十四巻第七号」新潮社、1957(昭和32)年7月1日分量:約11分
書き出し:今秋ペンクラブの世界的大会が日本で開催されるのである。それについて、私は昔の微々たるペンクラブ発生の頃を思出した。私は島崎藤村逝去後にペンクラブの会長に推薦され、終戦まで一年ばかりその名誉ある地位に身を置いていたのである。私が会長になるなんて可笑しな事なんだが、確かに会長であった。会員中の有力者が会合のたびに会の運転について意見を述べて、私は殆ど盲従していたのに過ぎず、甚だ権威が無かったが、兎に角...