昭和20年の大空襲によって多くの大切な書籍をはじめ、思い出の品々を消失してしまったと嘆く斎藤茂吉の回想。 その中には、若い頃、洋行のために買い求めた洋傘もあった。 彼の地の何処かに置き忘れ失われたかもしれなかったこの洋傘がたどった運命と、結局は自分の元に返ってきた奇妙な縁が記されている。 傘ばかりでなく、この随筆には「物」に寄せる独特の愛着の感情を、茂吉自身が深い思いで楽しんでいる深い味わいがあるのは確かだが、そのすべての言葉が、あの空襲によって、ことごとく灰塵に帰してしまった喪失感の中で語られていることを忘れてはなるまい。