六甲山上の夏
ろっこうさんじょうのなつ
初出:「無憂華」実業之日本社、1927(昭和2)年分量:約3分
書き出し:薄紫の可憐な松虫草は、大空の星が落した花のような塵にもまみれず、爽やかな夏の朝を、高原のそこここに咲いていた。美しい糸を包んだ薄《すすき》は日に/\伸びてゆき、山上の荘は秋もまだ訪ずれぬのに、昼さえ澄んだ虫の声をきくのであった。海抜三千尺という山の上から望む茅渟《ちぬ》の海は、遠く視野のはて、紀淡海峡《きたんかいきょう》を去来する汽船の煙が長く尾を引いて、行方も知れず空に消えてゆく。——山の上とい...