底が抜けたように悲しい。貧しさに罪はない。ぶつけようのない怒りが湧いた。
わずかニ銭の検約がもとで6歳の子が死んでしまう貧農の生活 とガイドにある 読み終え、ストーリー展開に驚く 小川未明では絶対に書けない作品だ 「やりばのない怒り」 これがテーマだ 社会に対して 動物(牛)に対して 他人(妻or夫or兄)に対して そして 自分に対して たら・レバ」をいくら 悔いても仕方ないが こんなことなら 遊びに行かせてあげたかった」 と思う気持 よくわかる 遊び中の事故死」であれば 逆の心境である 要するに、人間の人生は運命的もので あるが予想外のことが多いのだ 死は貧富の差に関係なく平等なものだ 死の原因究明をしても意味がない 私なら余命宣告された時点で死んでしまうと思う 余命70才、余命80才、余命90才、 余命100才 小学生にとってはどれも大差ないだろうが、50才を過ぎたらデリケートな問題だ まして、病気で余命3ヶ月、もって1年など言われたらその時点で終わる 70を超えた老人の心境になると 死が怖くなくなる、哲学的宗教的思いが強くなるかも知れない 自分も是非そうなりたいが 生に固執するかも知れない いまだに死が怖いのだから
吉野せい作品『洟をたらした神』の作中に、ふと回顧されたので読んでみた。少々記憶違いはあるものの、労災事故だろうか。時代が時代とはいえ、やり切れない。子に罪はなく、牛にもまた罪はなく、母もしかり。ではなぜ子は死んだのか問われると、悩んでしまうが。