「佐橋甚五郎」の感想
佐橋甚五郎
さはしじんごろう
初出:「中央公論」1913(大正2)年4月

森鴎外

分量:約21
書き出し:豊太閤《ほうたいこう》が朝鮮《ちょうせん》を攻めてから、朝鮮と日本との間には往来が全く絶えていたのに、宗対馬守義智《そうつしまのかみよしとし》が徳川《とくがわ》家の旨《むね》を承《う》けて肝《きも》いりをして、慶長《けいちょう》九年の暮《く》れに、松雲孫《しょううんそん》、文※《ぶんいく》、金考舜《きんこうしゅん》という三人の僧が朝鮮から様子を見に来た。徳川|家康《いえやす》は三人を紫野《むらさき...
更新日: 2016/02/15
3e9c4b240bacさんの感想

徳川家康の家臣で、佐橋甚五郎という人の話。家康の長男の小姓として岡崎城にいたころちょっとしたトラブルをおこして失踪。従兄の取り計らいで家臣として職場復帰し、色々武勲を立てたのに家康からは信用を得られずまた失踪。 で、二十年近くたって朝鮮から偉いお坊様が来たとき、その従者?官吏?としてきたうちの一人が甚五郎そっくりだった、という内容。史実をもとに書かれてるみたいだけど 結局この朝鮮からの使者がほんとに甚五郎なのかどうかはさいごまでわからなかった。 もしほんとに甚五郎なら、失踪してどこをどういう道筋通って朝鮮まで言ってしまったのか、、(笑)そこ気になる~。

更新日: 2016/01/27
f7397446af90さんの感想

甘利を打つところの情景はとても綺麗だった。