赤蛙と主人公の似ても似つかぬ境遇は読んでいて面白かった!
伊豆の修善寺温泉の 渓流で 島木は 赤蛙を 見かける。蛙は 執拗に たび重なる失敗にもめげず 急流を 渡りきろうと 果敢に 水に 飛び込む。この場面が 何故か 深く 心象風景に 刻みつけられる。加えて 彩色された 夢まで見てしまう。読み手は 何故 感動してしまうか 想いを めぐらせて見た。
「赤蛙」。タイトルから、ストーリーが想像できず、わくわくしながら読み始めた。途中から、「赤蛙に自分を投影しているのか?」と思ったが、最終的には宇宙の神秘を感じることとなった主人公の発想に驚いた。しかし、自分が立ち直るきっかけは、案外そんな、些細なところからなのかもしれない。
赤蛙の姿に感動して強い気持ちが湧き上がった作者の気持ちを体験してみたいと思った。時には人間社会以外の生命力に救われることがあるのだと思う。
この人はあまり頭が良くないですね。なぜ、わざわざ部屋の中で本を読もうとし、蛙の奮闘を超神秘的な事象と片付けたのでしょうか。
正木ゆう子という俳人の『遊季りんりん』という俳句エッセイ集がある。そこに、いきものの生まれかた、生き方を、植物は偶然によって居場所を決めるのだと書いてあった。少しそれを思い出した。自然に生きるものは、自然で起こることを、自然に起こることをみな、おのづから知っているのだろう。
作者の その時の身体的、社会的な境遇だったからこそ あの赤蛙を 見いだしたのでしょう。 悩みもなく 恵まれた人には 同じ蛙も ただの蛙にしか 見えなかったでしょう。
蛙も、一生懸命生きているんだと思った。赤蛙が、カッコ良かった。蛙は、素晴らしい‼
闘いなんだろう、生きるということは