半七捕物帳
はんしちとりものちょう
20 向島の寮
20 むこうじまのりょう分量:約32分
書き出し:一慶応二年の夏は不順の陽気で、綿ぬきという四月にも綿衣《わたいれ》をかさねてふるえている始末であったが、六月になってもとかく冷え勝ちで、五月雨《さみだれ》の降り残りが此の月にまでこぼれ出して、煙《けむ》のような細雨《こさめ》が毎日しとしとと降りつづいた。うすら寒い日も毎日つづいた。半七もすこし風邪をひいたようで、重い顳※《こめかみ》をおさえながら長火鉢のまえに欝陶《うっとう》しそうに坐っていると、...