ぼうげつぼうじつ
〔午後十時すぎ〕
〔ごごじゅうじすぎ〕
初出:「日本経済新聞」1954(昭和29)年11月
書き出し
午後十時すぎ。桜木町駅前の市電の停留所で、一人の酔っぱらいが喚いている。安全地帯は鉄柵で囲ってあるが、彼はその柵に凭れて、躯ぜんたいをぐらぐらさせながら喚く、年は五十がらみ、工員ふうの、痩せた小柄な男である。「なんでえ、七百両ぽっち。みんな呑まずにいられるかってんだ、この泥棒」彼は危なく倒れそうになる。「押すな」と彼はどなる。「押すな、危ねえぞ」と彼は手をふり回す。「ちえっ、三つき分も溜ってる月給…