しずかなるられつ
初出:「文藝春秋」1925(大正14)年7月号
書き出し
一Q川はその幼年期の水勢をもつて鋭く山壁を浸蝕した。雲は濃霧となつて溪谷を蔽つてゐた。山壁の成層岩は時々濃霧の中から墨汁のやうに現れた。濃霧は川の水面に纏りながら溪から溪を蛇行した。さうして、層々と連る岩壁の裂け目に浸潤し、空間が輝くと濃霧は水蒸気となつて膨脹した。Q川を挾む山々は、此の水勢と濃霧のために動かねばならなかつた。その山巓の屹立した岩の上では夜毎に北斗が傲然と輝いた。だが、その豪奢を誇…