よさのあきこ
みだれ髪
みだれがみ
初出:「みだれ髪」東京新詩社・伊藤文友館、1901(明治34)年8月15日
19双之川喜41さんの感想
えんじ紫に 所収の 「柔肌の 熱き血潮に 触れもせで さびしからずや 道を説く 君」は 有名である。 音読しても 区切りが 解らない 意味がとれない 読めない ことは 多いけど 解ると うれしいと感じた。
ひらきぶみ
初出:「明星」新詩社、1904(明治37)年11月号
産屋物語
うぶやものがたり
初出:「東京二六新聞」1909(明治42)年3月17~20日
離婚について
りこんについて
初出:「東京二六新聞」1909(明治42)年4月8日
私の貞操観
わたしのていそうかん
初出:「女子文壇」1911(明治44)年10月~11月
晶子の寝室が、両親によって施錠されていたのは、雇い人が、忍び込むのを、防ぐためであったという。 難攻不落の貞操は、創作活動に、影響があったのかは、わからない。 イタチも、守りが固いというのは、本当かな。
婦人と思想
ふじんとしそう
初出:「太陽」1911(明治44)年1月
女子の独立自営
じょしのどくりつじえい
初出:「婦人の鑑」1911(明治44)年4月
そぞろごと
初出:「青鞜 第一卷第一號」青鞜社、1911(明治44)年9月1日
私の生ひ立ち
わたしのおいたち
初出:「新少女」1915(大正4)年4月~12月
姑と嫁について
しゅうとめとよめについて
初出:「太陽」1915(大正4)年9月
ぽっころさんの感想
「嫁と姑」の関係は今も昔も悩ましいものであるが、与謝野晶子はあの時代にあってまるで現代を生きているかのような考え方をしていた。 姑という立場になる際は、与謝野晶子の唱える「新しい姑」になりたい。
貞操は道徳以上に尊貴である
ていそうはどうとくいじょうにそんきである
初出:「太陽」1915(大正4)年
母性偏重を排す
ぼせいへんちょうをはいす
初出:「太陽」1916(大正5)年2月
平塚さんと私の論争
ひらつかさんとわたしのろんそう
初出:「太陽」1916(大正5)年6月
婦人改造と高等教育
ふじんかいぞうとこうとうきょういく
初出:「大阪毎日新聞」1916(大正5)年1月1日
私娼の撲滅について
ししょうのぼくめつについて
選挙に対する婦人の希望
せんきょにたいするふじんのきぼう
初出:「大阪毎日新聞」1917(大正6)年2月27日~3月4日
三面一体の生活へ
さんめんいったいのせいかつへ
初出:「太陽」1918(大正7)年1月
平塚・山川・山田三女史に答う
ひらつか・やまかわ・やまださんじょしにこたう
初出:「太陽」1918(大正7)年11月
何故の出兵か
なにゆえのしゅっぺいか
初出:「横浜貿易新報」1918(大正7)年3月17日
今から 100年以上前 西シベリア出兵に対し 「兵は 兇器なり」古諺。「正義−人道を 滅ぼす 暴力なり」トルストイ。福田徳三博士「戦争そのものが 正義-人道を 実現するものではない。」を引いて 晶子は 出兵に 反対した。我々は 今日 同じような事をやっており 歴史から 何も学んでいないと 感じた。
食糧騒動について
しょくりょうそうどうについて
初出:「太陽」1918(大正7)年9月