青空文庫

「桑原隲蔵」の作品

桑原隲蔵

くわばらじつぞう

生年:1871-01-27没年:1931-05-24

那珂先生を憶う

なかせんせいをおもう

初出:「大阪朝日新聞」1908(明治41)年3~4月(五回に分載)

20

老子化胡経

ろうしかこきょう

初出:「藝文 第一年第九號」1910(明治43)年12月

17

紙の歴史

かみのれきし

初出:「藝文 第二年第九、第一〇號」1911(明治44)年9、10月

34
2021/05/31

19双之川喜41さんの感想

 竹や木を使っていた いわば  前史の頃から  記述されている ので 興味深い。 その後の研究の進展も 目覚ましいものが あろうし 材料として使われた植物が 今だにあるのかも 知りたいところであると感じた。

創建清真寺碑

そうけんせいしんじひ

初出:「藝文 第三年第七號」1912(明治45)年7月

22

秦始皇帝

しんしこうてい

初出:「新日本 第三卷第一號」1913(大正2)年1月

40

支那の宦官

しなのかんがん

初出:「大阪毎日新聞」1913(大正12)年8月3~5日、7日

18

東洋史上より観たる明治時代の発展

とうようしじょうよりみたるめいじじだいのはってん

初出:「太陽 第十九巻第一一号」1913(大正2)年8月

24

晋室の南渡と南方の開発

しんしつのなんととなんぽうのかいはつ

初出:「藝文 第五年第一〇號」1914(大正3)年10月

19

東洋人の発明

とうようじんのはつめい

初出:「中等學校地理歴史教員協議會議事及講演速記録」1914(大正3)年12月

25
2023/06/21

fb5fa38efb3eさんの感想

いくつかの発明品を東洋と西洋の歴史に基づきせつめいしており、個人的にとても興味深い内容だった。

東漢の班超

とうかんのはんちょう

初出:「大阪朝日新聞」1917(大正6)年1月17日~19日

11

歴史上より観たる南支那の開発

れきしじょうよりみたるみなみしなのかいはつ

初出:「雄辯 第十卷第五號」1919(大正8)年4月

15

大師の入唐

だいしのにっとう

初出:弘法大師降誕記念會講演、1921(大正10)年6月15日

77

蒲寿庚の事蹟

ほじゅこうのじせき

初出:「宋末の提擧市舶西域人蒲壽庚の事」東亜攻究会(上海)、1923(大正12)年11月

32

支那人間に於ける食人肉の風習

しなじんかんにおけるしょくじんにくのふうしゅう

初出:「東洋学報 第十四卷第一號」1924(大正13)年7月

96
2019/10/29

19双之川喜41さんの感想

 特殊な動機▫捕まらないという迷信▫悪戯▫残虐性の満足。 よくある動機▫①飢饉②籠城③嗜好品④憎悪⑤医療目的。 日本書紀には 我邦でも行われていたと あるそうで 欧州でもみられたという。驚嘆。

支那猥談

しなわいだん

初出:「外交時報 第四十三巻第一号」 1926(大正15)年1月

19

支那の孝道殊に法律上より観たる支那の孝道

しなのこうどうことにほうりつじょうよりみたるしなのこうどう

初出:「狩野教授還暦記念支那学論叢」1928(昭和3)年2月

176

東西交通史上より観たる日本の開発

とうざいこうつうしじょうよりみたるにほんのかいはつ

初出:「開國文化」1929(昭和4)年11月

49

司馬遷の生年に関する一新説

しばせんのせいねんにかんするいちしんせつ

初出:「史學研究 第一卷第一号」広島史学研究会、1929(大正2)年8月

17

支那人の文弱と保守

しなじんのぶんじゃくとほしゅ

初出:不明

40

支那人の妥協性と猜疑心

しなじんのだきょうせいとさいぎしん

初出:不明

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