くわばらじつぞう
那珂先生を憶う
なかせんせいをおもう
初出:「大阪朝日新聞」1908(明治41)年3~4月(五回に分載)
老子化胡経
ろうしかこきょう
初出:「藝文 第一年第九號」1910(明治43)年12月
紙の歴史
かみのれきし
初出:「藝文 第二年第九、第一〇號」1911(明治44)年9、10月
19双之川喜41さんの感想
竹や木を使っていた いわば 前史の頃から 記述されている ので 興味深い。 その後の研究の進展も 目覚ましいものが あろうし 材料として使われた植物が 今だにあるのかも 知りたいところであると感じた。
創建清真寺碑
そうけんせいしんじひ
初出:「藝文 第三年第七號」1912(明治45)年7月
秦始皇帝
しんしこうてい
初出:「新日本 第三卷第一號」1913(大正2)年1月
支那の宦官
しなのかんがん
初出:「大阪毎日新聞」1913(大正12)年8月3~5日、7日
東洋史上より観たる明治時代の発展
とうようしじょうよりみたるめいじじだいのはってん
初出:「太陽 第十九巻第一一号」1913(大正2)年8月
晋室の南渡と南方の開発
しんしつのなんととなんぽうのかいはつ
初出:「藝文 第五年第一〇號」1914(大正3)年10月
東洋人の発明
とうようじんのはつめい
初出:「中等學校地理歴史教員協議會議事及講演速記録」1914(大正3)年12月
fb5fa38efb3eさんの感想
いくつかの発明品を東洋と西洋の歴史に基づきせつめいしており、個人的にとても興味深い内容だった。
東漢の班超
とうかんのはんちょう
初出:「大阪朝日新聞」1917(大正6)年1月17日~19日
歴史上より観たる南支那の開発
れきしじょうよりみたるみなみしなのかいはつ
初出:「雄辯 第十卷第五號」1919(大正8)年4月
大師の入唐
だいしのにっとう
初出:弘法大師降誕記念會講演、1921(大正10)年6月15日
蒲寿庚の事蹟
ほじゅこうのじせき
初出:「宋末の提擧市舶西域人蒲壽庚の事」東亜攻究会(上海)、1923(大正12)年11月
支那人間に於ける食人肉の風習
しなじんかんにおけるしょくじんにくのふうしゅう
初出:「東洋学報 第十四卷第一號」1924(大正13)年7月
特殊な動機▫捕まらないという迷信▫悪戯▫残虐性の満足。 よくある動機▫①飢饉②籠城③嗜好品④憎悪⑤医療目的。 日本書紀には 我邦でも行われていたと あるそうで 欧州でもみられたという。驚嘆。
支那猥談
しなわいだん
初出:「外交時報 第四十三巻第一号」 1926(大正15)年1月
支那の孝道殊に法律上より観たる支那の孝道
しなのこうどうことにほうりつじょうよりみたるしなのこうどう
初出:「狩野教授還暦記念支那学論叢」1928(昭和3)年2月
東西交通史上より観たる日本の開発
とうざいこうつうしじょうよりみたるにほんのかいはつ
初出:「開國文化」1929(昭和4)年11月
司馬遷の生年に関する一新説
しばせんのせいねんにかんするいちしんせつ
初出:「史學研究 第一卷第一号」広島史学研究会、1929(大正2)年8月
支那人の文弱と保守
しなじんのぶんじゃくとほしゅ
初出:不明
支那人の妥協性と猜疑心
しなじんのだきょうせいとさいぎしん