青空文庫

「萩原朔太郎」の作品

萩原朔太郎

はぎわらさくたろう

生年:1886-11-01没年:1942-05-11
作品数:194

明治〜昭和

日本近代詩詩人評論家口語体自由詩万葉浪漫大正時代

1886年、群馬県前橋市に医師の長男として生まれる。前橋中学校在学中から短歌を主とする文芸活動を開始した。1913年に初めて雑誌で詩を発表して以降、独自の感性で近代詩の新しい地平を拓き、「日本近代詩の父」と称されるようになった。1925年には友人の室生犀星を頼って東京の田端へ移り住み、芥川龍之介らとも交流を持った。処女詩集『月に吠える』をはじめとする作品群は発表当時から高い評価を受け、独特な世界観…

代表作

純情小曲集

じゅんじょうしょうきょくしゅう

02 純情小曲集

初出:夜汽車「朱欒 第三卷第五號」1913(大正2)年5月号

25
2021/03/10

19双之川喜41さんの感想

 朔太郎は 故郷を あまり よくは 思っていなかったようで 酷い陰口を 叩かれたせいも あるようだ。 「ふらんすにゆきたし」は 承知していたけど 旧字 当て字 区切りがないのには てこずった。

月に吠える

つきにほえる

02 月に吠える

初出:序(白秋)「讀賣新聞」1917(大正6)年1月14日号

75
2021/02/21

46aaa36a0c08さんの感想

私は全体を通しても好きだけど。一部分としては「竹」がとても好き

青猫

あおねこ

初出:薄暮の部屋「詩歌 第七卷第十二號」1917(大正6)年11月号

115
2019/02/24

19双之川喜41さんの感想

 後半に 「自由詩のリズム」という 散文がある。 前半は 韻文なので 見逃しがちであるけど 私は 読んで 啓発されたので なにかしら えるところが あるかもしれないと感じた。

蝶を夢む

ちょうをゆめむ

初出:蝶を夢む「感情 第二年一月號」1917(大正6)年1月号

43
2021/03/10

19双之川喜41さんの感想

 四篇は 誤って落稿したので 切り抜いて「青猫」に張り入れてと 呑気なことが書いてある。 読めば こだわりが伝わると感じた。

定本青猫

ていほんあおねこ

01 定本青猫

初出:蝶を夢む「感情 第二年一月號」1917(大正6)年1月号

77

抒情小曲集

じょじょうしょうきょくしゅう

02 序

初出:「抒情小曲集」感情詩社、1918(大正7)年9月

1

室生犀星の印象

むろうさいせいのいんしょう

初出:「秀才文壇 第十八年第六號」1918(大正7)年6月号

5
2022/04/04

cdd6f53e9284さんの感想

以前、この青空文庫で、萩原朔太郎の「芥川龍之介の死」を読み、萩原朔太郎の筆力に大変感心した、 それは朔太郎自身のことも含めた、とりわけ交友者たちに対する的確な描写に対してだった。 そこで語られたのは、芥川龍之介の自死を契機とした芥川と朔太郎自身の交友関係の微妙な温度差の機微(気持ちの行き違いなど)を、実に繊細な分析によって解き明かしているのだが、その二人の関係に濃密に関わってきたのが、室生犀星だった。 あの「芥川龍之介の死」のなかにも、こんなくだりがある。 《室生犀星君は、最近における故人の最も親しい友であった。 室生君と芥川君の友情は、実に孔子の所謂「君子の交わり」に類するもので、互いに相手の人格を崇敬し、恭謙と儀礼と、徳の賞讃とをもって結びついていた。 けだし室生君の目から見れば、礼節身にそなわり、教養と学識に富む文明紳士の芥川君は、まさに人徳の至上観念を現す英雄であったろうし、逆に芥川君の目から見れば、本性粗野にして礼にならわず、直情直行の自然児たる室生君が、驚嘆すべき英雄と映ったのである。 すなわちこのふたりの友情は、所謂「反性格」によって結ばれた代表的な例である。》 この前振りは、朔太郎が、自身のことについて言及するための切っ掛けにすぎないが、芥川と犀星の関係、犀星自身のひととなりが十分に了解できる一文ではある。 しかし、朔太郎は、もう一歩踏み込んで、芥川との親密な交友関係を築けないでいる。 その辺りの迷いについて、朔太郎はこう書いている。 《ちょうど、ひどい憂鬱の厭世観に憑かれていた私は、談話のあらゆる本質点において彼と一致し、同気あい引く誼みを感じた。 だが私は彼の厭世観念の真原因が、どこにあるかを判然としりえなかった。 多分その絶望的な病気と、それに原因する創作力の衰弱とが、事情の主たるものであると思う。かつひとつには、例の「人の心を見通す」聡明さから、彼一流の思いやりで、たまたま私と相槌を打っているのだとも考えた。 実にこのひとつの邪推は、彼に対する交際の第一日から、私の脳裏に根強く印象されたものであった。 彼はあらゆる聡明さで、あらゆる人と調子を合わせて談話する。 だがその客が帰ったあとでは、けろりとして皮肉の舌をだすだろう。 そしていかに相手が馬鹿であり、愚劣な興奮に駆られたかを、小説家特有の冷酷さで客観している。》 こうした過敏な感受性は、幾分かは朔太郎の被害妄想の部分もあったには違いないが、全否定まではできないかもしれない。 芥川の何気ない一言が、犀星を傷つける場面がある。 こうだ。 《その夜さらに、室生犀星君と連れだち、三人で田端の料理屋で鰻を食べた。 その時芥川君が言った。 「室生君と僕との関係より、萩原君と僕との友誼の方が、遥かにずっと性格的に親しいのだ。」 この芥川君の言は、いくらか犀星の感情を害したらしい。 帰途に別れる時、室生は例のずばずばした調子で、私に向かって次のような皮肉を言った。 「君のように、二人の友人に両天かけて訪問する奴は、僕は大嫌いじゃ」 その時芥川君の顔には、ある悲しげなものがちらと浮かんだ。 それでも彼は沈黙し、無言の中に傘をさしかけて、夜の雨中を田端の停車場まで送ってくれた。 振り返って背後を見ると、彼は悄然と坂の上に一人で立っている。 自分は理由なく寂しくなり、雨の中で手を振って彼に謝した。 そして実に、これが最後の別れであったのである。》 あるシチュエーションの中でなら、その中に置かれた人間の感情の動き(失意や絶望)を緻密な計算によって導き出せることはできても、日常生活のなかのさりげない一言によって人が深く傷つくことがあるのかもしれないことを、芥川龍之介は生涯理解できなかったタイプの人間だったと、目の前で室生犀星が傷つく現場に立ち会って、萩原朔太郎は感じ取ったのかもしれない。

ふつくりとした人柄

ふっくりとしたひとがら

初出:「新潮 第二十八卷第四號」1918(大正7)年4月号

4
2020/02/02

うさぎ御前さんの感想

北原白秋がどんな人だったかなんて考えてみたこともなかったから、とても面白かった。評する側の自己評価も、よくわかっていらっしゃるというか。

石段上りの街

いしだんあがりのまち

初出:1919(大正8)年

14

宿命

しゅくめい

初出:ああ固い氷を破つて「新しき欲情」1922(大正11)年4月刊

107
2016/12/02

f428b42452a5さんの感想

↓詩のひとつも暗踊出来ないのに自身が内容を理解出来ているかのように振る舞う馬鹿。オナニー臭過ぎるから勘弁して欲しい。

非論理的性格の悲哀

ひろんりてきせいかくのひあい

初出:「改造 第七卷第十一號」1925(大正14)年11月号

10
2019/11/16

いちにいさんの感想

芸術家でなくとも、誰にも属さない孤独はある。白でも黒でも灰色でもない生き方。否、白でも黒でも灰色でもあるのかもしれない。

蒲原有明に帰れ

かんばらありあけにかえれ

初出:「羅針 第五輯」1925(大正14)年4月

5
2017/12/08

c6bb9347aef3さんの感想

憧れの蒲原先生の誤解を解きたくて必死の朔太郎。

田端に居た頃

たばたにいたころ

(室生犀星のこと)

初出:「驢馬 第二號」1926(大正15)年5月号

14
2020/04/14

いちにいさんの感想

朔太郎は文章が上手だ。読みやすい。下手な小説家より全く小説家だ。彼は。犀星のことを語る口調も評論家の執筆よりも的を得ている。

名詩集「思ひ出」の真価

めいししゅう「おもいで」のしんか

初出:「アルスグラフ 第二卷第一、二號」1926(大正15)年1、2月号

8

橋上

きょうじょう

――詩壇の議論家に捧ぐ――

初出:「詩神 第二卷第一號」1926(大正15)年1月号

2

大船駅で

おおふなえきで

初出:「キング 第二卷第七號」1926(大正15)年7月号

4
2021/05/11

いちにいさんの感想

新幹線が未だ無き時代の話 大船→明石行の列車? イメージ出来ない 朔太郎以外は東京組か? 戸塚ではなく大船と言うのがミソなのか? 大船で待つ朔太郎は皆に存在を忘れられてしまう 犀星が辛うじて思い出す 朔太郎拗ねる しかし、旅が気まずい関係性を浄化する

中央亭騒動事件(実録)

ちゅうおうていそうどうじけん(じつろく)

初出:「日本詩人 第六卷第六號」1926(大正15)年6月号

11

芥川竜之介の死

あくたがわりゅうのすけのし

初出:「改造 第九卷第九號」1927(昭和2)年9月号

38
2021/02/09

ヤー坊さんの感想

芥川と萩原、この二大天才の交友関係は興味深い。

詩の原理

しのげんり

初出:「詩の原理」第一書房 、1928(昭和3)年12月15日

404
2021/01/05

19双之川喜41さんの感想

 朔太郎は 下書き二千枚を 焼き捨てたという。 熟慮を 重ねて書き上げた 大作をである。 芥川▫白秋にも 触れている。 コミックやラノベは 一体 何処に 仕分けた事だろう。 図解が 出てきたのには 慌てた。

追憶

ついおく

初出:「創作 第十六卷第十一號」1928(昭和3)年12月号

8
2019/09/20

cbd0e7e4cb79さんの感想

追憶よかったです

1 / 10