おださくのすけ
日本の小説家。終戦後太宰治、坂口安吾、石川淳らと共に無頼派、新戯作派と呼ばれ「織田作(おださく)」の愛称で親しまれる。『夫婦善哉』で作家としての地位を確立。
大正〜昭和 / 無頼派
織田作之助は1913年(大正2年)に大阪で生まれ、1947年(昭和22年)に結核のため33歳という若さで死去した日本の小説家。高校時代と戦後を京都で過ごし、京大新聞への寄稿など京都との縁も深かったが、主に大阪の下町や市井の人々の生活を描くことで知られる。代表作『夫婦善哉』により作家としての地位を確立し、太宰治や坂口安吾らと共に「無頼派」または「新戯作派」として戦後日本文学を代表する存在となった。愛…
代表作
雨
あめ
初出:「海風」1938(昭和13)年11月
8eb05d040692さんの感想
面白かった。若さというものの力強さと脆さ見た気がします。
ひとりすまう
ひとりすもう
初出:「海風 第三号」1938(昭和13)年2月
鍋焼きうどんさんの感想
ほぼ全編肺病の若い学生のインテリらしい(男女関係の尽きせぬ)妄想。第三者から見れば単純な構造も渦中の者からしたら複雑怪奇な世界を呈してくる。タイトルはそれをよく表しており、ちょっとした気恥ずかしさも感じられる。
初出:「海風 第四巻二号」1938(昭和13)年11月
496b7f29770aさんの感想
お君や豹一が一生懸命に生きる様が美しい 。科白を敢えて少なくされているそうで、科白のひとつひとつがとても印象に残る。豹一は一体どうなることかと思ったがハッピーエンドに終わってよかった。読んでいて終始心地がよかった。
俗臭
ぞくしゅう
初出:「海風 第五巻六号」海風社、1939(昭和14)年9月
児子家ののっぴきならない家族の問題をつらつらと書き綴っている。まさに他人の家を覗いている体である。人物が少しも魅力的でないのが致命的。
放浪
ほうろう
初出:「文學界 第七年第五号」文藝春秋、1940(昭和15)年5月
艚埜臚羇1941さんの感想
昭和の 頃は 文芸誌に この程度の ものが 掲載されていたのかと 思いも ひとしおで あった。文章が うろうろと 放浪するので 何か たくらみが あるかと 勘違いして 購入した 善良な 読み手は 金を 返せと 思っても 無理はない。
夫婦善哉
めおとぜんざい
初出:「海風」1940(昭和15)年4月
7a44b05159dfさんの感想
肝っ玉というか、腰の据わった人やなあ蝶子と感心しつつ読み進めた。 無心に浪費癖持ちと来る柳吉は正直関わりたくない人種なのに、なぜか嫌いになりきれない匙加減で描写されていたと感じた。 人情味溢れるええ話やなあと思う。 蝶子の両親がまたええ味出してる。
面会
めんかい
初出:「大阪銃後ニュース第十号」1940(昭和15)年7月25日
戦争映画によくある出征を送る万歳の光景は、とても苦々しく感じていた。けれどSを送る私の万歳はとても美しいものに見えた。心が通じ合うことの美しさをまじまじと感じた。
婚期はずれ
こんきはずれ
初出:「会館芸術」1940(昭和15)年11月号
娘は母の愚かな横車でいつまで経っても結婚出来ない。また、このことに対する娘の従順さが前近代的だ。母の無理解と娘の無気力は少しも読者の共感を得ない。蓋し、憐れだ。
雪の夜
ゆきのよる
初出:「文芸」1941(昭和16)年6月
へなちょこなちんちくりんさんの感想
別府に住んでいる私にとって坂田と照枝が居場所にしていたあたりにも居たことがある私には好きな作品だ。織田作之助は夫婦善哉第二部に描いているが別府とは縁がある作家だ。別府大阪航路で大阪に出ていってみたくなった。
勧善懲悪
かんぜんちょうあく
初出:「大阪文学」1942(昭和17)年9月、10月
19双之川喜41さんの感想
車夫から始まって インチキ新聞社 お灸 偽薬 などで ほとんど詐欺師のような 生活を 送ってきた二人の男の 軽い小説である。 読んだ後で 何かためになるような文ではないけど ほんの少し 面白いと思う人も いるかもしれないと感じた。
東京文壇に与う
とうきょうぶんだんにあたう
初出:「現代文学」1942(昭和17)年10月
天衣無縫
てんいむほう
初出:「文芸」1942(昭和17)年4月
ダメ男過ぎるでしょ。自己犠牲を進んでする奇特な女性が世の中にはいるんだね。
秋深き
あきふかき
初出:「大阪文学」1942(昭和17)年1月号
あきらちゃんさんの感想
肺病の療養のためにひなびた温泉宿に行った主人公が、隣の部屋の夫婦づれのちょっとした喧嘩に巻き込まれる話、『夫婦喧嘩は犬も喰わぬ』そんな諺を地でいくような話、たしかに似合いの夫婦だとわたしもおもった。
わが町
わがまち
初出:「文藝 第十巻年十一号」改造社、1942(昭和17)年11月
ba5194e78df6さんの感想
人生観考える感じ
道
みち
初出:「文藝 九月号」1943(昭和18)年9月
些細な事で人は気づき変わる。けれどその瞬間までが遠かったり、辿り着けなかったり…
吉岡芳兼様へ
よしおかよしかねさまへ
初出:「大阪文学」1943(昭和18)年10月
僕の読書法
ぼくのどくしょほう
初出:「現代文学」1943(昭和18)年9月
作之助は 繰り返し読む 百冊の本を 持っていれば 満足とする。抜き書きを しない代わりに たえず 繰り返し 読むという。饒舌体作家だからこそ このようなことが 言えるのかなと ふと 感じた。
わが文学修業
わがぶんがくしゅぎょう
初出:「現代文学」1943(昭和18)年4月
織田作の 純粋戯曲理論から言うと 小説などは 形式がやたらだらだらしていて なんとなく 汚らわしいものの様に思えたという。 それが後になって振り返ってみると 小説を書く上で非常に役に立ったと言うから 人間何が幸いするか 聞いてみなければ わからないものであると感じた。
眼鏡
めがね
初出:「令女界」1943(昭和18)年6月
ペロッと舌を出すところが昭和。